2007年12月21日

この会社の3代目

今日はお休みを頂いて(代休です)スキーに来ています。(必殺の5連休です!)
平日のスキー場は・・・ガラガラ・・・遭難しそうになりました。
リフトに乗っても前後に見える限り誰もいません。
たまに団体さんと遭遇しますが、修学旅行生か、アジアからの観光客だけですね。

yokokura.jpg

ところで、この会社の3代目って・・・

私のこれまでの人生での人柄を、まじめ・不まじめ、どっち?と聞かれると後者でしょうか?
警察沙汰になったのは一回だけです???(自慢するなっ!)
かといってガキ大将でもなく、グループに属するほうでもなく、アウトサイダーでもなく・・
いじめられることもなく、いじめに加担することもなく・・友達には恵まれていました。
グループに参加したい気持ちはありましたが、一人でいることもさほど辛くはなかったし、
グループの中で、リーダの機嫌取りばかりしている人をみると、かわいそうでしたし、
いつも、派閥のない少人数の友達と一緒でした。
ま、小・中・高は、ちょっと特殊な学校でしたので、同じような家庭環境の友人ばかりで、
ある意味世間の幅が狭い?なかで、ぬくぬくと育ってきたのだと思います。

初代(祖父)が議員であったこともあり、先代(2代目:現会長)は、
ライオンズクラブや、JCやらで役員も勤め、地元では少しは有名な人です。
でも、先代は私にそれらのクラブに参加することを勧めることもありませんでした。
また、この会社を継いでほしいといわれたこともありませんでした。
全てを私の判断に任せていました。

この会社に入ったのは2つ目の大学在学中に配送のアルバイトとしてでした。
クーラーのないダットサントラックでモーターを積んで走るのが主な仕事でした。
バイト代は月4万円だったと記憶しています。呑み会のあった月なんかは
お昼ごはんのお金がなくて、よく福島駅前の都そば(立ち食い)でけつねうろんを食したなぁ・・
その時にはすでに富士電機での工場で研修を4クール済ましていましたがバイト扱いでした。

その後(無事に)2つ目の大学を卒業して27歳の時に正社員となりました。
(もう一つ別の大学に行きたかったのですが、さすがに許してもらえませんでした。)
お前は身内だし独身だし、給料はいらんやろ。といわれ、月7万数千円・年収90万でした。
ま、でもこの頃は真剣に3つ目の大学を考えてましたので、なんとも思っていませんでした。
そして、結婚する30歳までこの待遇でした。
ですから、20代のころは仕事の帰なんぞにきれいなおねいさんがいるところに
遊びに行ったりすることはまったくありませんでした。
不思議に、行きたいと思ったこともありませんでした。
(おかげで今でもきれいなおねいさんの店に行くと緊張します。)
ま、家内というきれいなおねいさんとつきあってましたしね・・・へへっ・・・

さらにつづく・・・
posted by DEN100Z at 20:30| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月14日

世襲制について(その2)

急に寒くなりました。いよいよ関西でもスキーシーズンです。
今年は何回行けるかな?
今年は白のウエアを買いました。(去年モデルのアウトレット品ですが・・)
汚したらいけないので、今シーズンはゲレンデでカレーうどんは食しません。

URUTORA1.jpg

世襲制について(その2)

なんで、中小零細企業に世襲制が多いのか?
中小零細企業の場合、代表者の個人資産が法人の保証になっていることが多いので
金融機関さまは、社長の資産(担保)の相続者以外が保証人になることを嫌います。
だから社長の息子を後継者にせざるえない一つの理由がここにあるわけです。

でも、その内情は・・・バトンタッチがうまくいかないことがあるようです。
特に自分で起業した創業者さんは、会社のために走り続けて・・
ふと振り返ると、そこには誰も居なかった・・・Oh!No!てな感じでしょうか?
起業家と2代目の「感性」の違いが原因のように思います
一代で終わる企業が圧倒的に多いのもその証明だと思います。

この10年だけを見ても世の中の変化は大きいものでした。
これから先、変化はさらに加速していくのかも知れません。
これからの時代は、我々の受けた教育では次代には通用しないと思います。
ちなみに私は過去の遺物・伝説となった「高度成長期」の教育を受けた一人であります。
だから、次代の人には、我々の価値観や観念を引き継いでもらいたくはありません。
それは、おそらく使い物にならないから・・・

老舗の不祥事が続いていますが、
2代に渡っての経営責任者が並んで頭下げてる絵は・・・ドキッとしますね。
何十年にも渡って当たり前と思ってやってきたことが、今問題になっているわけです。
いずれも企業内での長年の常識が、気がついたら時代と乖離してしまっていた。
と、いうことだと思います。
老舗には歴史があり、幾多の変化や困難を乗り越えて今があります。
ある場面においては、その経験を否定してしまわなければならない時代なのかもしれません。

物事を客観的にとらえ、時代に則した「感性」で判断することが必用なのでしょうね。
私にその「客観性」と「感性」があるか?????・・・・・・・・
3代目、責任重大!でも私、それなりにがんばってます。

ところで、あんたはで大丈夫なん?・・・という質問が出そう・・・むむ・・

つづく・・・
posted by DEN100Z at 21:21| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月07日

世襲制について(その1:社長の息子)

ボーナスシーズンですね!!(みんなええなぁ・・・)
私はもらえません。だから昨晩は焼きナスを食しました!!!(これほんと)
にやっ.jpg にやっ・・っとしてるんでしょうね。みんな・・



世襲制について(その1:社長の息子)

「社長の息子」でググッて見ると、すごいすごい!
誹謗中傷の嵐です。(お試しあれ)

何を隠そう、私は社長の息子です。
ちなみに3代目でございます。
創業したのは、祖父で、1918年のことでした。
この会社はまもなく創業90年の老舗であります。
時代と共に内容も変わっているのですが、
電気屋であることには変わりがありません。
これはすごいと思います。

私の場合は、起業家でもなく、帝王学もありませんので、なまなましい言い方ですが・・・
3代目社長=『親から受け継いだ財を法人契約の担保に入れる勇気のあるやつ。』
・・・・ってところでしょうか?
非上場企業では、資金調達は個人資産による保証に頼らざるえないのが現実です・・・
事実私も法人の保証人として、押したくないはんこをいっぱい押してます。

この保証人が営業実務にかかわるということは、精神的に非常によろしくありません。
局面においては、性格の異なる2重人格を演じなければなりません。
保証人という立場では、従業員への指導が感情的になってしまったりする
気持ちがわからんでもない。

途中からポイッと部長職あたりで入社した社長の息子が、年中部下を怒鳴りつけるような
光景・・・ありますよね・・・あるある・・・
ま、気持ちはよくわかる。「コンニャロメ!業績悪かったらワシャ家とられるんやど・・・」
と、心の中で叫んでいるのでしょうね。

あ・・・愚痴みたいになってしまいましたね・・・
でも、大丈夫。私、O型ですから。おまけに忘れっぽい。
怒鳴っても人は動いてくれないことも知ってますし。
のども弱いんです。扁桃腺をよく腫らしますしね。

つづく・・・
posted by DEN100Z at 09:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。