2007年11月27日

指導者

オシム.jpgイビチャ・オシム監督。

マスコミへのコメントを聞いただけで、頭いいなと感じていました。
母国では大変な苦労も経験され、人徳も厚く、物事を客観視できる優れた人だと思います。
回復を祈りたい・・・

指導者

以前、「指導」という記事で、指導される立場からの考察を書きましたが、
今回は指導する立場からの戸惑いをすこし・・・

小さな組織であっても、組織である限りどこかで誰かが指導者にならねばなりません。
指導者は自分にそのスキルがあろうがなかろうが、指導をしなければならないのです。
時には自分にとって未経験であることや、自分ですら出来ないようなこともでも
指導しなければならない時があります。
でも、それは特別なことではありません。
たとえばスポーツの世界では、トッププレーヤーのコーチがもとトッププレーヤだった
ということは非常に稀なことだからです。

日本の会社では新入社員からリーダを育てることはしません。
リーダになるべく人は、中堅層の中から選抜されるのが一般的なようです。
よく、「あの人は課長になって人が変わったね・・」なんていわれることがありますが、
当たり前のことですよね。
課長が、一般社員と同じ価値観で同じ仕事してたら・・・・意味ないですよね。

リーダは基本的には孤独なものです。
自分で現実を把握し、方針を決め、その責任を負う。
これは農耕民族?である日本人には難しい課題です。
上司や先輩の保護を受けながら育ってきた人にはつらいでしょうし、
また、トップセールスマンのような常に先頭を突っ走って来た人には、
後ろを振り返れる時間はなかったはずです。
特に、社員教育をOJTに頼らざるえない中小零細企業では指導者の育成が難しい。
ですから、世襲制が多いのでしょうか・・・

・・・と、言うことで、次の「世襲制について」につづく・・・
posted by DEN100Z at 08:53| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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